田力本願のアカウンタビィリティー

   田力本願のアカウンタビリティー第4回 「肥料を使わない稲作について」

 田力本願稲作は「農薬を使わず、肥料も使わない稲作」です。などと紹介した場合、「農薬を使わないのは大変結構であるにしても、なんで肥料も使わないのですか?」といった感想を抱く方も多いと思います。そして、それが「本当に肥料無しでも米を収穫することができるのか?」といった疑問に発展される方も多いことでしょう。
 肥料の定義にもよりますが、田力本願稲作では化学肥料はもちろんのこと、有機肥料も用いておりません。このような「無肥料」(あるいは「無施肥」)といった稲作を行う理由はいくつかありますが、いずれにしても無農薬ならいざ知らず、無肥料で水稲栽培を行う農家は非常に限られております。そして無肥料での水稲栽培は私にとっても大きな挑戦でありましたが、平成15年と平成16年の2年間、無肥料での水稲栽培を行うことができました。平成17年についても無肥料栽培を継続する予定です。
 このように田力本願稲作は「無肥料」栽培であることが大きな特徴となっておりますが、今回は無肥料栽培でも、その栽培理論について解説してみます。

[1]稲の養分の種類
 植物は根から水を、葉から二酸化炭素を吸収し、それらを光合成することで炭水化物を作り出し成長していくわけですが、植物が成長するためには、この「二酸化炭素」と「水」以外にも様々な養分が必要になってきます。
 こういった植物に必要な養分を元素で示しますと「窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウム、イオウ」などがあり、これらは比較的多量に消費されるので多量元素と呼ばれています。さらにこれ以外にも「鉄、マンガン、亜鉛、銅、ホウ素」なども植物に必要な元素で、消費量がわずかなため微量元素と呼ばれています。
 このように植物は二酸化炭素や水に比較して圧倒的に消費量が少ないものの様々な養分を必要とし、そのほとんどを土壌中から吸収しています。そのため無肥料栽培を考える場合、こういった養分をどのように補っていくかが大きな課題になってきます。
 特に重要な養分は「窒素、 リン、カリ」であり、無肥料栽培とは言え、これら養分が補給されなければ作物を栽培できるはずがありません。そのため最初に、この窒素、リン、カリが植物にどのように利用されているか解説いたします。

 窒素
 窒素は植物体を構成するタンパク質や酵素に必要です。タンパク質は光合成を行う葉緑素に必要な物質で、植物は土壌中に窒素が少なければ葉緑素を作れず、だんだん葉の緑が薄くなってきます。また窒素が多すぎると葉の緑が濃くなり、これが原因で病害になったり、害虫を招きやすい状態にもなります。さらに稲作について考えると窒素投入過多は倒伏(稲が倒れ、品質低下の原因になる。)の原因にもなりますから、肥料を投入するにあたっては、この窒素量をどうするかが大きな課題になってきます。

 リン
 リンも窒素と同様に植物がタンパク質を合成するために必要な養分ですが、各種核酸を構成する養分として特に重要です。土壌の状態によりリンは土壌中の鉄やアルミニウムなどと結合して水に溶けにくくなります。こうなると作物はリンを吸収できなくなり、土壌中にリンが多く含まれていたとしてもリン不足の様相を呈しますので、リンの補給にあたっては土壌の状態をよく把握しておくことが大切になります。

カリ
 カリは窒素やリンと異なり有機物を構成しません。これがカリの大きな特徴で、カリは植物体の構成物質にはならず、植物体内で行なわれる物質合成の潤滑油的役割を担っているようです。

 以上、作物に重要な養分である窒素、リン、カリについて簡単に解説いたしました。こういった養分を補給するために水田や畑に肥料を投入します。最近は有機栽培も盛んですから、次に化学肥料と有機肥料の特徴について解説します。

化学肥料
 化学肥料は、化学的に合成された窒素やリンなどの化合物を土壌中で分解させることで作物に養分を補給します。比較的単純な化学式の化合物が簡単に分解して植物に養分を補給するため、化学肥料の効果は短時間で発揮され、そして消滅していきます。そのため余分な養分(特に窒素)が土壌に残留せず、施肥設計(肥料の投入量の計画)が容易である特徴を持っています。

有機肥料
 一般的な有機肥料は畜産堆肥や規格外で出荷からはじかれた穀物など、農畜産業の副産物が利用されています。
 こういった有機物は複雑で高度な化学組成で構成されていますから、植物の養分として吸収されるまでの過程も複雑で、肥料を投入してから効果が発揮されるまで時間がかかり、またその効果が消滅するのにも時間がかかります。特に水田は有機質が蓄積しやすい土壌構造にあり、その年々で適切な量の有機肥料を判断するのが難しくなります。
 もし投入される有機肥料が過大であるならば、「窒素」の項で述べたように作物に病害、害虫、倒伏といった被害をもたらすことがあり、また余剰な養分が浸透し地下水の水質を悪化させることも考えられ、有機栽培にはいろいろな課題もあるようです。
 
[2]灌漑水がもたらす肥料効果

 本HPでは「肥料を使わない田力本願稲作」などと派手に宣伝しておりますが、たぶん稲作に詳しい方がそれを聞けば「なんのことはない、あのことだ。」と思いつく方も多いと思います。実を言いますと、水田はその農業方法の特徴から畑作とは違い、もともと無肥料で作物を収穫できる理由があるのです。

(水がもたらす養分)
 物質収支の観点から水田土壌が閉ざされた空間であると考えた場合、水田では毎年同じように収穫物が外部に運ばれていきますから、その収穫物に含まれるのと同量の養分を肥料として土壌に還元しなければ物質収支は赤字になります。そしてその赤字は毎年累積していきますから、作物に必要な養分を土壌に補給しなければ、いずれ無肥料による作物栽培は破綻をきたすことになります。
 しかし水田は畑と異なり水を灌漑します。そのため、水田土壌は決して閉じた空間にはなっておらず、灌漑といった方法で外部に開かれた状態になっているのです。灌漑水には水(H2O)だけでなく、少なからず窒素、リン、カリなどの稲に必要な養分が含まれています。
 結論から言いますと水田は「無肥料」であっても、灌漑水がもたらす養分だけで、ある程度の収穫を期待することができます。一般的にその収穫量は肥料を投入した場合の8割ほどとされています。特に重要な養分は窒素であり、窒素さえ補給できればリン、カリを補給しなくても、肥料を投入した場合とほとんど変わらない収穫量が得られるとの試験結果もあります。

(土壌構造の変化がもたらす肥料効果)
 「水を灌漑する」といった効果は、単に「水に含まれた養分を補給する」だけではなく、それ以外にも重要な効果をもたらします。
 水を灌漑し、水田を湛水させると水没した土壌が還元状態(酸素欠乏状態)になります。土壌が還元状態になると鉄やアルミニウムなどと結合していたリンが分解して水に溶け出してきます。こうなれば作物は容易にリンを吸収できますから、水の灌漑はリン利用の効率化にも大きな効果を発揮するわけです。
 このように水田は水を灌漑するだけで、ある程度の養分が補給され、さらに養分の利用効率を高めることもできますから、肥料を補給しないでもある程度の収穫量を期待できるわけです。これが始めに述べた「なんのことはない、あのことだ。」の意味です。これが出来るのも日本がアジアモンスーン気候に属し、その気候的特徴から潤沢な水資源を活用できるためで、私達はもっと、この豊な自然に感謝するべきなのかもしれません。

 しかしながら、灌漑水である程度の養分を補給できるとはいえ、肥料を投入しなければだんだん土壌中の養分は低減していくはずです。特に窒素不足は問題になるでしょうから田力本願稲作では、この窒素をどうやって補給するかが大きな課題になります。灌漑水からの窒素補給だけでは不十分、「肥料を使わない田力本願」ですから肥料は使いたくない・・・この課題をどうやって解決するか?
 ヒントは空気にあります。空気には多量の窒素が存在しています。

[3]イトミミズが変える水田土壌
 灌漑水により稲に必要な養分は補給されるが窒素が十分でははない。しかし、窒素は空気中に多量に存在している。この窒素を水田土壌に還元できないものか?
 植物によっては空気中から窒素を取り込み養分にしているものがあります。その代表がダイズなどのマメ科植物です。こういった植物の根茎には空気中から窒素を固定する根粒菌が共生しており、マメ科植物はそれにより窒素を吸収しているわけです。稲はこういった機能を有していませんが、水田に繁殖するある種の藻類には空気中の窒素を固定する能力を持ったものがあります。
 この藻類とは「ラン藻類」(藻とは言え、かなり微細でプランクトン、あるいは細菌に分類されることもある。)のことで、このラン藻と共生するアカウキクサを水田に増やし、それによりの土壌に窒素を補給する水稲栽培を実施しているところもあります。
 田力本願稲作の水には、残念ながらこの「アカウキクサ」が見あたりません。そして田力本願稲作では、外来の植物を田んぼに移入するつもりもないので、このアカウキクサを利用した水稲栽培を行うことは考えておりせん。「何も足さない、何も引かない、信じるのは田んぼの力のみ!」が田力本願稲作の信条です。
 しかし、田力本願稲作の水田にはアカウキクがないものの、藻類一般は増殖しやすい環境になっております。まずはこれについ解説します。

(イトミミズが水田土壌に与える影響)
 田力本願の稲作では、水田に多くのイトミミズが涵養される。このことは「農薬を使わない雑草対策」で既に述べているところです。このイトミミズが水田土壌に大きな変化をもたらします。
 潅漑期、水田土壌は水を湛水させるため酸素欠乏状態になります。そしてそれがリンを水に融解させ、作物がリンを吸収し易い状態に変化させます。
 しかし土壌が酸素欠乏状態であったとしても、灌漑水中には酸素が含まれており土壌表面には非常に薄い酸化層の膜(酸素を多く含んだ酸化鉄が主体)が形成されます。酸素欠乏の還元土壌で水に溶けたリンはこの酸化層で鉄と結合してしまい、水に溶けない状態に変化してしまいます。
 ところで、この土壌にイトミミズがいたとします。イトミミズが生息するためには酸素が必要です。しかイトミミズの餌の大部分は酸素欠乏状態ににある還元層にあります。その結果としてイトミミズは還元層と田面水の境界で生息することになりますが、そこには薄い酸化層の膜があります。
 イトミミズはいつも体をユラユラ揺らしています。これは体の周りに新鮮な水が触れるようにし、そこから酸素を吸収するために行うイトミミズ特有の動態なのですが、この体のユラユラが薄い酸化層を破壊していきます。
 酸化層の膜が破壊されると、今度は還元土壌中で水に溶けていたリンが酸化層の無くなったことで田面水にも溶けだしてきます。
 リンは藻類の重要な養分で、これは空気から窒素を取り込むラン藻類についても同様です。
 そのため例えラン藻類と共生する「アカウキクサ」が田んぼになくとも、田面水中にリンが増えれば、多くの藻類と同様にラン藻類も水田で増殖していると考えられます。事実、田力本願稲作の水田は他の田んぼよりも明らかに水の濁りが濃く(「農薬を使わない雑草対策」参照)、これはある種の細菌類が増殖していた証拠であると考えられ、その中には少なからずラン藻類も繁殖していたと思われます。
 そしてそれらラン藻類が空気中から窒素を取り込み、その遺骸が水田土壌に還元されるならば空気中からの水田土壌への窒素補給効果が期待されます。しかし、こういった効果がどれほどのものか判断するためには経年的に水田を観察していく必要もあります。

[4]肥料を使わない稲作の客観評価
 さて、以上、いろいろと「肥料を使わない稲作」の理屈を述べましたが、実際の結果はどうだったのでしょうか。まずは、収穫量について記します。  
施肥方法 平均的
収穫量
慣行栽培の状況
平成14年まで  有機質入り化成肥料
 を施肥
8.0俵  平均的収量は8〜9俵程度             
平成15年  一部の水田のみ
 有機肥料を施肥 
5.5俵  冷害年でありイモチ病が多発、平均収量は6.0俵程度
平成16年  全面的に無肥料栽培
 を実施
6.5俵  豊作年であり、平均収量は
 9.6俵程度
 (注)稲刈り後の稲藁は水田から持ち出さず、そのまま水田に残留させている。

 田力本願稲作の収穫量の少なさは「農薬を使わない病害対策」でも解説しているところですが一般的有機栽培の収穫量が慣行栽培の8割であり、さらに無肥料栽培がその8割の収穫量になるとすれば、上記に示す田力本願稲作の収穫量は、まずは妥当な数量と判断できるかもしません。
 もっともこの程度の収穫量ではイトミミズ効果によるラン藻類窒素補給効果が発揮されたとは言い難いとの感じも受けます。

[5]マイナス管理による肥料設計について
 以上述べたように現在のところ「肥料を使わない稲作」田力本願稲作は必ずしも期待されたほどの効果を上げているとは言い難いようにも思えます。それでも、とりあえずはこの「肥料を使わない稲作」を継続していこうと考えております。
 私が収穫量に目をつぶっても「無肥料」を継続していこうと考えるのには二つの理由があります。
 一つは、無肥料により期待される稲作上の効果です。水田はその土壌構造から、もともと有機物を蓄積し易い性質を持っています。そのため今年に繁茂したラン藻類の遺骸が、次年作に肥料効果を発揮してくる可能性もあります。そのような水田で適切な肥料投入量を計画するのは難しく、場合によっては肥料投入により窒素過多の状況をもたらす可能性もあります。窒素過多による稲作上の問題には以下のものがあります。

  ・倒伏が生じやすい
    窒素が十分にありすぎるため稲の穂が成長しすぎ、重量過大になり稲が倒れる。
  ・害虫を招き易い
    窒素が強すぎると、葉の緑が濃く、柔らかくなり害虫の好む稲になりやすい。
  ・病害を招き易い
    窒素が強すぎると、各種病原菌に稲が侵されやすくなる。
  ・米の味覚が落ちる
   窒素はタンパク質を構成する元素であり、窒素が多いと米に含まれるタンパク質が
   増加する。通常、タンパク含有量の多い米は味覚が低下すると言われている。

 二つ目の理由は、地域の水環境に対する影響です。(これについは、次回以降の「田力本願の効果」で述べていくことにします。)
 田力本願稲作では収穫量よりも以上の効果を優先し、無肥料栽培を行っております。もちろん稲作を継続していくうちに甚だしく収穫量が減少するようであれば肥料の投入も検討しなければなりません。その事態が何年後に訪れるのかは、それこそ毎年、稲の出来具合と相談していかねばならず「無常」の気持ちで稲作を考えていく必要があります。
 大切なのは、窒素が足りなくなるだろうとの予測のもとに「予防的」に窒素を補給するのではなく、窒素が足りなくなったとの結果により「対処的」に窒素を補給していく姿勢であると考えています。 つまり水田における窒素収支をマイナス側で管理し、人も田んぼも腹八分目くらいが一番健康に良いと考え稲作するわけです。そのため、予定は未定としながらもとりあえず来年も「無肥料」栽培に取り組んでいく予定でおります。

<次回予告>「田力本願の効果、「気」の編」(1月下旬掲載予定)
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