田力本願のアカウンタビィリティー

   田力本願のアカウンタビリティー第3回 「農薬を使わない病害対策について」

 農薬を使わない病害対策、これを達成するためには、稲がもともと南国の植物であったことを意識する必要があるようです。「稲は南国の植物だから。」これは今年93歳になる知り合いの農家の祖父さんがおっしゃっていた言葉です。この言葉には、「昔は稲の冷害に苦しんだ、これは稲が南国の植物であり、東北の気候には適さないためである。」という思いが込められています。
 稲の原産地についてはインドであるとか、あるいは中国の雲南地方であるとか現在でも諸説唱えられていますが、いずれにしても日本よりずいぶんと気温の高い地域のことであり、「稲は南国の植物である。」ということに間違いはないようです。
 また同じ日本であっても東日本と西日本とでは、気候の状況は異なります。西日本がわりかし早い時期に稲作文化圏になったのも、東日本よりは稲作に適した気候に恵まれていたためかもしれません。このことも「稲は南国の植物だから。」という言葉を裏付けているように感じます。
 さらに東日本でも日本海側と太平洋側では、これまた大きく気候の特徴が異なります。冬、大陸から吹き付ける季節風は、温暖な黒潮が流れる日本海上空で大量の水分を吸収します。そしてその季節風が奥羽山脈に突き当たることで上昇気流となり、急激に冷却され空気中の水分が飽和し、大量の積雪を日本海側にもたらします。奥羽山脈を突破した季節風は、今度は下降気流となって急激に乾燥するため、冬の太平洋側の地方では比較的乾燥した天気が続きます。
 冬期の間、奥羽山脈に備えられた積雪は春から初夏まで雪解け水となって河川に注ぎ、太平洋側、日本海側、いずれの地方にも潤沢な用水を供給してくれますので、これは水を多量に使う稲作にとっての大きな恵となります。そしてこのことが「南国の植物」であるはずの「稲」が東日本でも大々的に生産されることになった大きな理由なのかもしれません。
 初夏になると、今度はオホーツク海に発達する海気団が太平洋側を南下し、太平洋側から冷たくジメジメした霧のような気団を運んできます。この気団は奥羽山脈を突破できませんから、東北でも太平洋側の青森県東部や岩手県、宮城県に独特の気候をもたらします。そしてこれはは「やませ」と呼ばれ、しばしば稲の大冷害の原因となってきました。
 話しは戻りますが、冒頭の言葉「稲は南国の植物だから。」は直接的には「やませに何度も苦しめられてきた。」という記憶から発せられる言葉であると感じています。
 このジメジメして冷たい気団である「やませ」や「南国の植物である稲」を意識しながら、宮城県における稲の病害にどういった種類のものがあるか解説してみます。

[1]稲の病害の種類

イモチ病
 東北地方で最も意識されることの多い稲の病害です。稲の各部位で発症するため、「葉イモチ」、「穂イモチ」とそれぞれに呼ばれています。いずれも同じ病原菌が転移して発症します。
 「葉イモチ」は稲の葉っぱに灰色の斑点を作ります。これだけでは、特に稲の生長や収穫量に影響を与えることはありませんが、これが今度は穂首や籾に伝染することで「穂イモチ」となり、籾が不登熟となり、収穫量や品質に大きな影響を与える原因になります。
 そのためイモチ病を防除するためには「穂イモチ」になってからでは手遅れで、「葉イモチ」にならないよう対策を施す必要があります。この「葉イモチ」は以下の条件で顕著に発症してくるようです。
 
  (1)平均気温19〜25度
  (2)降雨日数が多く、多湿
  (3)夜間の風が弱く、朝露の乾きが遅い
  (4)多窒素により、稲が軟弱徒長ぎみで葉色が濃い

 以上のうち、(1)〜(3)はいすれも気候条件によりもたらされるもので、「やませ」の気候条件そのものと一致しています。
 (4)については、一見して気候条件に関係ないように感じられますが、日照時間が少ない気候では、分けつが少なく軟弱な稲が成長します。その結果として稲があまり窒素を吸収できず、相対的に多窒素の環境となります。そのため(4)についても気候条件にその原因が求められるように感じます。もちろん日照時間が多くとも、土壌中に含む窒素の絶対量が多ければ「イモチ」は発症しやすくなるでしょう。
 
紋枯病
 イモチ病が葉っぱに斑点を作って発病し始めるのに対し、紋枯病はまだ開帳していない葉鞘から発病してきます。始めに田面水に近い下部の葉鞘から発病し、順次、上部の葉鞘に伝染していきます。また隣りの株にも伝染します。イモチ病は穂に移転して被害を与えるため、出穂後の感染がより多くの被害を与えますが、紋枯病は穂に移転しないため、出穂後よりも出穂前の感染が大きな被害を与えるようです。
 この紋枯病についても、イモチ病と同様に土壌中の窒素が多かったり、あるいは降雨日数が多く、多湿であれば顕著になるようです。ただし、イモチ病と異なるのは高温でより勢いを増すことで、28〜32度が最も発病に適した温度と言われております。
 
稲こうじ病
 出穂後の穂に、病粒を発生させ、登熟を阻害したり、品質を低下させたりします。この病害についても、低温や多湿で発症しやすくなりますから、やはり「やませ」が強ければ顕著になるようです。また窒素過多で発症しやすいのも、イモチ病や紋枯病と同様です。感染後は、高温のほうが病粒の肥大が促進されるので、感染後の病害の広がりはイモチ病と異なる傾向を持っているようです。

中央の穂は穂イモチとなり、変色している。 稲こうじ病は穂にキノコのような病粒をつくる。

 以上、宮城県における代表的な稲の病害について記してみました。これ以外にも育苗期の病害については注意しなければならないものが多いのですが、今回は移植後の田んぼの病害ということで育苗に関する病害については別の機会にゆずりたいと思います。
 さて、こういった「イモチ病」、「紋枯病」、「稲こうじ病」といったものは、いずれも特有の病原菌から感染して発症します。そういった病原菌は稲藁、稲株といった前年作の水田残留物に潜伏していたものが越冬して次年作の稲に感染し、発症します。また収穫した籾にも、病原菌が潜伏している場合もあり、「イモチ病」などはそういった籾から苗に感染して発症する場合も多いようです。
 このような病原菌はもともと自然界に存在している菌がある一定の条件で勢いを増すものであり、そういった条件が気候であったり、窒素過多であったりします。また一般に植物の病原菌は、それら種類によって感染の得意不得意がありますから、同じ植物ばかり生育している水田や畑といった環境は、常に特定の病原菌が拡大しやすい状況にあると言えます。
 そのため、私個人としては、水田の生物多用性と言いますか、ある程度の雑草が水田にあったほうが、病害が広がりにくくなる、などと考えたりするのですが、それはさておき、次に農薬を使わない病害対策の具体的方法について、述べてみることにします。

[2]田力本願稲作における病害抑制理論

(種籾の選別)
  イモチ病に代表されるように、一部の病原菌は籾に潜伏していますから、そういった籾から得られる苗は病原菌が引き継がれ、病害の原因になる場合が多いようです。
 そのため、苗に用いる種籾は十分に選別し、できるだけ病原菌を有しないものを用いる必用があります。選別は簡単な方法で行うことができます。通常、病原菌を保有している籾は登熟も不十分で、籾の内容物が充実していません。そのため比重が軽く、それを目安に選別することができます。
 植物の種子はだいたいが水より少し大きい程度の比重で、籾も水に浸せば沈んでいきます。この水に塩を混ぜ比重を大きくしていけば、水に沈んでいる籾は比重の軽い順に浮かんできます。このように塩水に浸すことで、病原菌を保有しているだろう比重の軽い籾を取り除くことを「塩水選」と呼び、広く一般に普及している病害予防の方法となっています。

(籾の消毒)
 塩水選で、できるだけ健康な籾に選別される種籾ですが、それでも病原菌を保有している可能性があります。このため今度は籾を消毒することになります。かつてはこの消毒の方法として、なんらかの薬剤を用いるのが一般的でしたが、最近では薬剤を用いず、お湯で消毒する方法も普及してきました。この方法は温湯消毒と呼ばれていまいす。
 稲の病原菌の大部分は35度以上の高温で死滅しますが、種籾の酵素が破壊されるのは65度程度ですから、この温度差を利用して行うのが温湯消毒の原理です。温湯消毒は近年の減農薬、無農薬指向の拡大により脚光を浴びる消毒方法として注目され、また精度の高い温湯処理器が開発されたことにより、最近ではかなり普及するようにりました。田力本願稲作でも薬剤を用いないこの温湯消毒を採用しております。

(晩期栽培)
 田力本願稲作が行われる宮城県で梅雨が明けるのがおおよそ7月中旬頃です。しかし年によってはなかなか梅雨が明けず、また「やませ」も長く居座る場合もあります。それでも8月中旬を過ぎれば、かなりの確立で天候が回復してきます。
 一方、田植えが盛んに行われるのは人手の確保が容易な5月上旬のゴールデンウィークの頃です。この時期の田植えは7月下旬〜8月上旬頃に稲を出穂させます。この出穂時期は宮城県で梅雨が明けるか明けないかの微妙な時期であり、もし出穂時期に十分な日照や温度が得られなければ「イモチ病」が蔓延する原因となります。そのため田力本願の稲作では稲の出穂が8月中旬以降になるよう、田植え時期も5月下旬頃に行うようにしています。

(移植の間隔を大きくとる。)
 移植とは、苗床から田んぼに苗を移植するという意味で、簡単に言えば田植えのことです。田植えをする場合、苗の間隔のとり方で、その後の稲作に少なからず影響を及ぼします。苗の間隔をあまり大きくとらず、できるだけ密に移植することを密植と呼びます。
 密植は収穫量を向上させ、また雑草の抑草にも効果を発揮しますが、稲の間隔がせまくなるので株間に空気が滞留しやすくなり、湿度も高くなりがちです。これは病原菌が活性化しやすい状態で、稲から稲へも感染しやすい状態となります。
 一方、苗と苗の間隔を大きく取る疎植栽培は、密植に比較して収穫量が低くなりやすく、雑草も生長しやすい環境になるのですが、株間の風通しは良くなり、そりれだけ稲が病原菌に感染しにくい環境になります。田力本願稲作では、収穫量よりも病害対策に重きを置き、疎植により移植するようにしています。

(不耕起栽培)
 平成15年、東北地方は冷害になりましたが、その10年前の平成5年には、平成15年を上回る大冷害が東北地方を襲いました。平成5年、日本は米不足となり、タイ米の輸入まで行っています。私はこの年の前年から不耕起栽培に取り組み始めたのですが、不思議なことに不耕起栽培の私の田んぼでは、それほど収穫量に影響がありませんでした。どうやら不耕起栽培は冷害に強い稲作のようですが、これがどういう原因によるものか、はっきりとは分かっていません。
 不耕起栽培が冷害に強いのは、不耕起に育つ稲の根が活力が強く病害に罹りにくいこと、田んぼを耕起・代掻きしないため、有機物が土壌に鍬込まれず、還元障害により稲の根の活力が失われにくいことが考えられます。ちなみに田力本願稲作においても春草防除のため、やむ終えず畦畔沿いを代掻きしていますが、この代掻き部分とそれ以外の不耕起部分を比較すると、やはり代掻き部分に「イモチ病」が多く見られる傾向があります。

(無施肥栽培)
 イモチ病にしても、紋枯病にしても、あるいは稲こうじ病にしても、それが多発する原因として窒素過多があります。田力稲作は肥料を与えない無施肥栽培ですから、それだけで病害には強い稲作方法だと言えます。無施肥栽培の理論については、次号で詳しく解説いたします。

[3]農薬を使わない病害対策の評価
 さて、以上解説した農薬を使わない病害対策の結果はどうだったのでしょうか。以下、冷害となった平成15年、また猛暑となった平成16年、それぞれの収穫量を田力本願稲作、宮城県北地方の一般的慣行水稲栽培とで比較してみることにします。

気候 栽培方法 平均的収穫量 備   考
平成15年 冷夏  慣行栽培  6.0俵  イモチ病多発
 田力本願水田  5.5俵  イモチ病ほとんど無し             
平成16年 猛暑  慣行栽培 9.6俵
 田力本願水田 6.5俵
(注)慣行栽培の収穫量は、田力本願稲作が行われる宮城県北地方平野部の収穫量をもとにしています。

平成15年9月14日撮影
田力本願水稲状況
稲の間隔が広く、株間に溝ができている。
平成15年9月04日撮影
慣行水田水稲状況
中央の色がかすんでいる部分がイモチ

 以上結果から、まず最初に注目されるのが田力本願稲作の収穫量の少なさです。通常、有機栽培と無肥料栽培は一般の慣行栽培に比較してそれぞれ8割ほどの収穫量になると言われております。これから考えれば通常の慣行栽培の平均収穫量を9俵とすると、無農薬・無肥料水稲栽培の妥当な収穫量は9俵×0.8×0.8=5.8俵くらいになります。田力本願稲作では冷害年で5.5俵、豊作年で6.5俵という収穫量を得ておりますから、農薬を使わず、肥料を使わずの稲作としては、妥当な結果と言えます。
 次に注目されるのは豊作年と冷害年における慣行栽培の収穫量の開きで、この比率を計算しますと下記のようになります。

        6.0表(冷害年)/9.6表(豊作年)=63%  (慣行栽培)
        5.5表(冷害年)/6.5表(豊作年)=85%  (田力本願栽培)
 
 このように、慣行栽培の収穫量は冷害年でかなり減少します。減少した原因の多くがイモチによる病害であり、冷害年でも収穫量があまり減少しない田力本願稲作はそれだけ病害を受けにくいと言えます。もっとも収穫量の絶対量そのものは慣行栽培のほうが明らかに多いわけですから、それを考慮すると慣行栽培、田力本願稲作それぞれの特徴は以下のように言い表すことができると思います。
 
      慣行栽培   :病害には弱いが、収穫量の多い栽培方法
      田力本願稲作:病害には強いが、収穫量の少ない栽培方法

  「収穫量の向上」、「病害への耐性」いずれの特徴を評価するかは、何に重きを置いて稲作するかで異なってくると判断されます。
 また客観データがないのであまり強くは言えませんが、冷害年に田力本願稲作の収穫量が減じた理由は、私の観察するところ日照不足による稲の分けつ抑制が大きな理由であって、イモチ病に罹った稲はほとんどありませんでした。このことから田力本願の米は、冷害年であっても豊作年とはあまり変わらない品質を期待できると考えております。 
  
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