田力本願のアカウンタビィリティー

   田力本願のアカウンタビリティー第2回 「農薬を使わない害虫対策について」

 農薬を使わない害虫対策・・・と記すと、なんだか特別な害虫対策を施しているように思われそうです。結論から述べますと「田力本願の稲作」では、特に意識して害虫対策を行っておりません。この稲作を始めた動機は、雑草対策と無施肥栽培を実現するためであり、害虫対策についてはそれほど意識しておりませんでした。
 私が害虫対策をあまり意識しないのには幾つか理由があります。これについては順を追って説明していきますが、それでも「田力本願の稲作」は、実は意図せざる部分で害虫の抑制にも効果を発揮しているようです。なにはともあれ、まず最初に田んぼの害虫の種類と、その特性について解説してみます。

[1]稲につく害虫の種類

ウンカ
 目が大きく小さなハエのような姿をしています。分類的にはセミの仲間らしく、セミが木の樹液を吸い取るのと同じように、稲の汁を吸って生活しています。このウンカは稲汁を吸うさいに稲の茎にクチバシを差し込むのですが、これが原因でウィルスを媒介するので害虫とされています。
 ただ、ウンカの被害は西日本に集中しており、幸いにして東日本ではあまり問題になっていません。これは問題となるウンカの大部分が中国から飛来したものであり、それが東日本まで及ばないためとされています。このため「田力本願の稲作」ではウンカの害を意識しなくてもよいようです。

ツマグロヨコバエ
 
名前はハエですが目が小さく、ハエというよりセミに近い姿をしています。ツマグロヨコバエもウンカと同じように稲汁を吸い、それが原因でウィルスを媒介することがあるようです。
 宮城県でもツマグロヨコバエを目にする機会は多いのですが、ウィルスを保菌しているは全体のごく一部とのことです。そして私が住んでいる仙台市以北ともなれば、ウィルスを保菌するツマグロヨコバエはほとんど確認されません。このため、ツマグロヨコバエについても「田力本願の稲作」では意識しなくてもよいようです。

イネツトムシ
 もしかしたら「イチモンジセセリ」と言ったほうが知られているかもしれません。茶色の小さな蝶の幼虫です。蝶の幼虫ですから、その姿は文字通り青虫の姿をしています。この青虫は稲の葉を束ねて巣(ツト)にするため「イネツト」虫と呼ばれ、夜になると巣から出てきて稲を食害します。葉の緑が濃い稲を好んで食べるようです。

ニカメイガ
 蛾の幼虫で稲の茎の中に入り込み食害します。かつては代表的な稲の害虫と言われていましたが、最近はほとんど問題にならないようです。これは田植え機が普及したため、苗が細く、太さよりも分けつを期待する品種が一般的になったことにより、ニカメイガの幼虫の成長環境が悪化したこと、またコンバインが普及し稲ワラをカッターで切断するため、稲の中の幼虫が越冬できなくなったためと言われています。

イネゾウムシ
 ゾウムシの一種です。ゾウムシとはコガネムシに長い鼻をくっつけたような虫のことですが、イネゾウムシはコガネムシよりずっと小さい体をしています。成虫は稲の葉っぱを食害しますが、収量にはほとんど影響しないようです。

イネミズゾウムシ
 
これもゾウムシの一種です。イネミズゾウムシも稲の葉っぱを食害しますが、イネゾウムシ同様、その被害は問題になりません。問題になるのは幼虫による根の食害です。
 冬、イネミズゾウムシは畦畔などで越冬します。そして春になり田植えが終わると畦畔から稲に移動し、水中に潜って産卵します。羽化した幼虫は稲の根を食害し、これが大きな被害を与えることがあります。アメリカ伝来の害虫で、それだけに日本に天敵は少なく問題になりやすいようです。

イネドロオイムシ
 7月に入ると稲の葉っぱに黒い水滴のようなものを見かけることがあります。これは水滴ではなく、自分の糞をまとったイネドロオイムシの姿です。糞の中にはウジ虫のような幼虫が隠れており、稲の葉を食害します。成虫も稲の葉を食害しますが幼虫ほどではありません。成虫は田んぼ以外の場所で越冬し、5月中旬頃になると田んぼに飛来して産卵します。

カメムシ類
 通称「屁っぴり虫」と呼ばれ悪臭を放つ虫です。これもウンカやツマグロヨコバエと同じくセミの仲間です。カメムシにはいろいろな種類がありますが、害虫とされるのは穂を吸うカメムシで、斑点米の原因となります。斑点米は米の等級を下げるので、最近では最も嫌われる害虫が、このカメムシです。

 以上、主な害虫の特性を紹介してみました。あらためて眺めてみると、害虫にもいろいろな種類があります。ただし実質的に稲作に害を与えているのは限られた種類だけのようです。注意しなければならない害虫はイネミズゾウムシ、イネドロオイムシ、カメムシくらいのものでしょうか。
 ちなみに平成16年は冬期湛水による無農薬水田の一部で、イネツトムシが多く見られたところもありました。こういった水田は遅い時期に田植えを行うため、稲の成長が周囲の田んぼより遅く、そのため稲の緑も周囲に比較して濃くなります。これがイネツトムシに好まれた原因のようです。それでも収量的にはほとんど影響していないようです。
 このように稲の害虫というのは、それほど大きな被害を与えるわけではありません。前に、私は害虫対策をそれほど意識していないと書きましたが、その理由がここにあります。稲はその他の作物に比較して害虫対策はあまり意識しなくて良いのです。
 そして中国から飛来する害虫が及ばない東北地方は、なおのこと害虫を意識しなくてすみます。さらに言えば、こういった理由以外にも害虫を意識しなくて良い理由がありますが、これは後で解説します。次に田力本願の稲作における害虫抑制理論について解説します。

[2]田力本願稲作における害虫抑制理論

(生命力の強い稲作り)
  これは害虫対策にかかわらず稲づくり全般、あるいは人間を含め生き物全般に言えることだと思いますが、健康な生命体は、それだけで病気に罹りにくくなります。そのため生命力の強い稲はそれだけで雑草に負けず、害虫を寄せ付けず、病気にも罹りにくいということになります。生命力さえ強ければ、人が何かしなくても稲は自らの抵抗力で元気に育っていきます。 
 害虫対策を含め、「田力本願の稲作」は生命力の強い稲を作るのが大きな目標です。これを実現するために、苗づくりはできるだけ過保護にせず、田んぼも不耕起で無肥料というできるだけ自然に近い状態で稲作を行うわけです。

(畦の草刈り時期)
 これは田力本願の稲作に限らず、プロの農家であれば誰もが注意していることで、カメムシの被害を抑制するためには畦の草刈り時期を注意する必要があります。
 カメムシは通常、雑草の生い茂る畦を生活の場としています。しかし稲が出穂すると一時的に田んぼに侵入して穂に吸い付き被害を与えます。そのため、出穂より2〜3週間早い時期に草刈りをしておけば、カメムシが畦から少なくなり、それだけカメムシの被害を抑制できる理屈になります。
 特に注意しなければならないのは、出穂時期の草刈りを絶対に避けることで、これは畦のカメムシをわざわざ田んぼの中に追いやる結果になるようです。

(不耕起による害虫防除)
 先に、実際に被害を与える害虫はイネミズゾウムシ、イネドロオイムシ、カメムシぐらいだと述べました。この中でも特にやっかいなのがイネミズゾウムシです。アメリカ伝来のため、この害虫に寄生する天敵も少なく、条件が揃うと幼虫が盛大に繁殖して稲の根を食害し、少なからず収量に影響を与えることもあります。このイネミズゾウムシは田んぼの畦で越冬し、田植え後に田んぼに侵入して卵を産み付けます。そして卵から孵化した幼虫が根を食害します。
 私の田んぼでもイネミズゾウムシの成虫を見ることが多く、畦から侵入するためか畦側に多く見られます。ただ不思議なことに畦から一定以上離れるとほとんど姿をみかけません。少しずつ減っていくならともかく、突然減るので不思議なのですが、これには理由があると考えています。
 不耕起が基本の私の田んぼでも畦側は春草除草のため、4月頃に例外的に代掻きを行っています。そしてイネミズゾウムシはこの代掻き部分に多いようです。
 不耕起はトロトロ層から下の部分の土が硬いため、稲は硬い土に一生懸命根を伸ばし丈夫に育っていきます。一方、代掻き部分は土が軟らかいため根が怠けてしまい、不耕起部分に比較して丈夫に育ちません。こういった違いがイネミズゾウムシの生活環境に差を与えていると考えています。
 代掻き部分は土が軟いためイネミズゾウムシは容易に地中に侵入できますが、不耕起部分は土が硬く地中に侵入し難い状況になっています。そして不耕起部分は根が丈夫ですから、それだけイネミズゾウムシに対する抵抗力も強いように感じます。もっとも、これは私の仮説であり、実証された効果でないことを断っておきます。

(天敵の涵養1、アカガエルについて)

 「田力本願の稲作」が冬から田んぼに水を張ることは「農薬を使わない雑草対策」で述べました。これはトロトロ層形成による雑草抑制効果を目的に行うのですが、冬から田んぼに水を張ることは、雑草を抑制する以外にカエルを涵養する効果もあります。
 下記のマップは、私の経営する田んぼで確認されたカエルの卵塊数を示したものです。
 調査日時:平成16年4月11日
 薄緑色に着色された部分が私の経営する水田。
 赤い数字で示したのが、水田の四方を取り囲む畦を歩き確認できたカエルの卵塊数

 上のマップでは畦から見えるものだけを数えているため、実際にはもっと多くのカエルの卵があったはずです。周囲の田んぼは水を張っていませんから、カエルの卵は見あたりません。4月、乾燥した田んぼが広がるなかで、私の田んぼにだけカエルが盛大に産卵しているわけです。ちなみに、この時期に産卵するカエルの大部分はアカガエルです。
 これら卵がオタマジャクシになり、そしてカエルになって畦に上陸するのは5月末頃と予想されます。これはイネミズゾウムシが畦畔から田んぼに飛来する直前の時期と重なります。そのため、畦に上陸したアカガエルは少なからずイネミズゾウムシを捕食し、ある程度の害虫抑制効果を発揮していると考えられます。

(天敵の涵養2、アマガエルについて)

 さて、アカガエルは4月初旬に産卵しましたが、6月になると今度はアマガエルの産卵が始まります。この時期はどの田んぼでも水を張っているため、アマガエルは田力本願の田んぼだけに産卵するわけではありません。しかし田力本願の田んぼには多量のイトミミズが生息しています。(「農薬を使わない雑草対策」参照)。
 このイトミミズは水田表面の酸化層を破壊し、還元状態となっている地中からリン酸分を湛水中に溶出させます。湛水中にリン酸分が多くなると、今度はそれを栄養にする珪藻類が増えます。この珪藻類はオタマジャクシの格好の餌になりますから、田力本願の稲作ではより多くのアマガエルを涵養できると思われます。
 アマガエルはアカガエルと異なり指に吸盤がありますから、稲に登るなど立体的に行動でき、そのためアカガエルに比較して害虫捕食能力は大きいものと予想されます。
 田植え前には畦に潜む害虫をアカガエルが捕食し、田植えは後にはアマガエルが稲に登って害虫を捕らえる。このようなカエルのチームプレイが行われていれば素晴らしいのですが、現段階では私の耳学問による頭の中だけの理論なので、今後それを検証していければと考えています。

(天敵の涵養2、クモについて)
 害虫の天敵として有力なものにクモがあります。クモにも様々な種類があります。水面を這って虫を捕らえるもの、稲の葉っぱに潜み虫を捕らえるもの、条間に巣を張り虫を捕らえるもの、いろいろあります。いろいろな種類のクモが、それぞれの場所で立体的に虫を捕らえるため、害虫の天敵としてのクモの役割はかなり大きいようです。
 このクモは農薬に対する抵抗力があまり強くないようです。農業試験場の調査ですが、カメムシ防除のため農薬を散布したらクモが減り、結果的にカメムシが増えたとの報告を見たことがあります。私は農薬の防虫効果を否定するつもりはありませんが、田んぼを観察し、適切な時期に適切な量を判断できなければ、結果的に農薬は害虫を増やすことにもなりかねないようです。
 「田力本願の稲作」では農薬による害虫防除を採用せず、その代わり農薬を使わず、できるだけ天敵を涵養する害虫抑制方法を採用しています。

(天敵の涵養3、総括)
 以上、害虫の天敵であるカエルやクモの効果を述べました。しかし、この効果には矛盾もあります。というのはカエルは害虫ばかりでなく害虫の天敵であるクモも捕食するからです。そのためカエルが多ければ、それだけクモの害虫抑制効果は低減するはずです。
 このように天敵による害虫抑制メカニズムは複雑ですが、しかし間違いなく言えるのは、「農薬を使わず田んぼを耕さない田力本願の稲作」は、害虫を含め様々な生き物を涵養する力が大きいということです。
 そして、そういった多種多様な生き物がそれぞれを牽制し、一部の生き物が極端に増加せず、バランスの良い食物連鎖が形成されるのが「田力本願の稲作」の大きな特徴です。事実、田力本願の田んぼにはさまざまな害虫が見られますが、それが稲作に大きな被害を与えた事実はいまのところ確認されておりません。そして、この環境を形成するためには、田んぼに生える雑草だって有益な効果をもたらしているはずです。
 それでは最後に、ある害虫の被害事例をもとに、農薬を使わない害虫対策の客観評価を行ってみたいと思います。

[3]農薬を使わない害虫対策の評価
 ウンカ、ツマグロヨコバエ、イネツトムシ、ニカメイガ、イネゾウムシ、イネミズゾウムシ、イネドロオイムシ、カメムシ類・・・これら害虫でも宮城県北部で注意すべき害虫は、イネゾウムシ、イネドロオイムシ、カメムシ類くらいのものです。
 これから、さらに田力本願の稲作で実質的に被害を与えている害虫だけを絞りますと、カメムシ類だけが残ります。しかし、それでも私はカメムシの対策をほとんど意識しておりません。それはなぜか?
 まずカメムシの被害をもう一度おさらいしておきます。カメムシは出穂した穂に吸い付き、これが変色した斑点米の原因になります。斑点米が多ければ米の等級が下がり、米の取引価格が下がるため、農家収入に大きな影響を与えます。そのため最近では最も嫌われる害虫が、このカメムシになっています。しかし、斑点米はなぜ米の等級を下げるのでしょうか?
 斑点米は「味が悪い?」、確かに斑点米一粒だけを考えれば、その味覚も変化していると思われます。しかし問題になるのはその割合です。1等の等級を確保するためには、米1000粒に1粒以上(0.1%以下)の斑点米が混入してはならないとされています。これが2等になると333粒に1粒以下(0.3%以下)、3等では143粒に1粒以下の割合(0.7%以下)となります。
 ちなみに茶碗一杯の米の量は3千粒程度ですから、それから計算しますと3等米でご飯を炊いた場合、茶碗一杯に多くとも20粒の斑点米が混ざっている計算になります。この程度の量が果たしてどの程度ご飯の味に影響を与えているのでしょうか?これが2等米ともなれば多くとも9粒になります。
 この程度の斑点米はご飯の味にほとんど影響しないと私は考えています。それでは何を目的に斑点米は等級区分の指標になっているのでしょうか?
 考えられる理由はただ一つ、「見た目」、ただそれだけだと思います。この「見た目」を確保する、たったそれだけの理由で平成16年夏も、日本各地の水田地帯でカメムシ防除の農薬が盛大に散布されているのです。
 
 「見た目は良いが、農薬を使った米」あるいは「農薬を使ったが、見た目の良い米」
 「見た目は悪いが、農薬を使わない米」あるいは「農薬を使わないが、見た目の悪い米」
  (ただし、「見た目の悪い米」とは茶碗一杯に斑点米が3粒以上混ざる米のこと。)

 以上の二種類の米が同じ価格で店頭に並んでいる場合、一般消費者の方々はどちらを購入するでしょうか?
 私はこの予想に対して絶対の確信を持っています。もちろん、それは消費者の方々は「見た目は悪いが、農薬を使わない米」を選ぶだろうとの予想です。これが田力本願稲作で害虫対策を意識しない、最も大きな理由です。
 それでは以下に、平成16年度産「田力本願の稲作」で収穫した米の斑点米混入率を客観評価として公表します。
 測定は、平成16年産の「ひとめぼれ」の精米を用い、1合(約6600粒)毎に斑点米の粒数を数え、これを10回繰り返して行いました。

測定番号 斑点米粒数 斑点米混入率 測定番号 斑点米粒数 斑点米混入率
 1  8粒 0.12%  6 10粒 0.15%
 2  7粒 0.11%  7  8粒 0.12%
 3  7粒 0.11%  8  8粒 0.12%
 4  5粒 0.08%  9 12粒 0.18%
 5 11粒 0.17%  10 13粒 0.20%
平均 8.9粒 平均変色米混入率 0.14%( 2等米クラス )

平成16年産 
田力本願の米(ひとめぼれ)
測定番号(1)で確認された変色米

 以上測定結果から、平成16年産の「田力本願」の米は1等(混入率0.1%以下)に届かず、おしくも2等(混入率0.3%以下)との判定結果になりました。ただし、この測定は玄米を精米し、フルイを通した精米で行っているため、通常の検査よりも良い結果が出ています。通常は玄米で検査を行うため、斑点米混入率はもっと高い数値になっているはずです。
 いずれにしても、農薬によるカメムシ防除を行わなくとも、米一合に混入する斑点米は10粒以下になります。そして、これが茶碗一杯になると5粒以下になるのです。
 ちなみに、「田力本願のお米申込み詳細事項」にも書いてますが、最近は色彩選別機で斑点米を除去する農家も多いようです。ただしこの機械は米を落下させて選別するため、米に物理的衝撃が加わることになり、また空気に触れる量も多くなるため、それだけ米の鮮度を落とす可能性もあります。そのため田力本願稲作の米は、あえて選別機による斑点米の除去は行わないようにしています。
  
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